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湯西川温泉の捕鳥場(トヤバ)の猟 山口 久吉 捕鳥場 当地では、昔から猟の一つに捕鳥場(トヤバ)の猟があった。 生活と密接な 関係にあり、トヤバの権利も大きな存在であった。 年貢に困った時などは、何 処どこのトヤバと、網何十反を金何両也で売渡し申す事実正也、等と。 トヤバ を売買した古文書等も今に残っている。 では参考までにその一部を述べて見よう。 豪快な猟はトヤバのハッキリ網 湯西川の高い山の峰筋のタァー(鞍部)はいたる処がトヤバであった。 立木 を短く切り詰めたタァーの峯の両側に、段々にハッキリ網(木綿糸の網で二段の 腰糸が袋になるように設定してあり、網糸は細い木の先を二つに割ってそこに止 めておき、鳥が網に当たるとその振動で網糸が外れ網が落ち二段の袋になる)を 二、三十反と張りめぐらして、網の下は綺麗な草地になっていた。 トヤバには トヤ小屋があり、そこに寝泊りして囮(オトリ)を飼っていた。 猟の時間帯は 朝鳥と夕鳥の二回で、要所要所には囮の鳥籠を置く場所が設けられていた。 朝鳥、朝、東の空が白んでくる頃、夜明け前に配置した囮が鳴きだすと、点々 と大空に黒い鳥の姿が、一団の大群となって飛んでくる。 囮が鳥を呼び寄せる のである、鳥の言葉は分からぬが??、 と丁度トヤバの真上にさしかかる頃、 トヤ小屋の窓から口に手を当て、ブーツと大きな音を出すと、それが鷹の羽音に 聞こえるという、鳥の一団は驚き急降下で立ち木の下に隠れようする、と待って ましたとばかりのハッキリ網、この網に鳥の一団が飛び当たるとサア大変、一網 打尽、網がバサァーツと落ちると二段の腰糸が袋となって、鳥の一団は網の中、 ソレッとばかり小屋から駆け出して、網の上から小鳥を両手で背骨を折ると鳥は 死ぬ、全部を潰すとハッキリ網の網糸を引き、網をピーンと張ると小鳥は全部下 に落ちる。 鳥の集団は同じコースで、次から次へと続いて翔んで来るので、網 糸を放すと又鳥は袋の中、全部潰して網糸を引っ張ると鳥は落ちる。 三、四回 これを繰り返すと網の下に鳥の山が出来る、が死にきれないでバタバタ翔んで行 くものもある。 鳥の一団が飛び去ると朝鳥の猟は終わりとなる。 小鳥は主にツグミ、ジナイ、アトリ、ヒワ、等で大柄のツグミ、ジナイが喜ば れた。 捕れたツグミ等は荒縄の目を緩めて、頭をつつこみ十羽一連として、今 朝は何十連とれた等と喜んだ。 ハッキリ網は風が強いと、から落ちする欠点があったが、後になってたいした 網が出来たんだと、という話だったが。 細いたいした糸で張りっぱなしで、空 落ちしない、それがカスミ網だった。 ツグミ酒は最高? 捕れたての鳥を毛をむしって、串に刺し囲炉裏焼きで、熱燗の日本酒の中に入 れるとジーッと油が浮いてくる。 所謂、ツグミ酒、うまい、これを飲んだらた まらない、だから、トヤ張りは、やめられない。 狩猟法 だが、こんな生活をストップしたのが狩猟法である。 昔から続いたトヤ張り は禁止となってしまった。 ツグミも渡鳥として捕れなくなった。 現在は、ほとんど日本には渡って来ないツグミ、その大多数が北方シベリア地 方に行ってしまってるらしい。 |
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